大判例

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名古屋高等裁判所 昭和30年(う)1035号 判決

控訴人 原審検査官

被告人 氏家徹男 外一名

弁護人 江口三五 外一名

検察官 神野嘉直

主文

原判決を破棄する。

本件を岐阜地方裁判所に差し戻す。

理由

原審検察官平岡俊将の被告人氏家徹男に対する控訴趣意及被告人小林善一の弁護人江口三五の控訴趣意は何れも同人等各作成名義の控訴趣意書に記載する通りであり右検察官の控訴趣意に対する被告人氏家徹男の弁護人岡本治太郎の答弁の趣意は同弁護人作成名義の答弁書に記載する通りであるから茲に之を引用するが之に対する当裁判所の判断は次の通りである。

原審検察官の控訴趣意及被告人小林善一の弁護人江口三五の控訴趣意第一点について。

本件記録に徴すると原審裁判官中瀬古信由は一人で被告人氏家に対する覚せい剤取締法違反及傷害被告人小林に対する覚せい剤取締法違反各被告事件を審理し証拠調を為した上昭和三十年五月十七日の第八回公判に於て結審し同月三十日右各被告事件に付判決を宣告した処該判決に対し被告人小林は同年六月八日原審検察官は同月十三日被告人氏家に関する部分に付夫々控訴の申立をしたのであるが記録には判決書の草稿と認むべきぺん書の文書及該文書に基きタイプライターを以て印刷した裁判官中瀬古信由の署名押印契印文字の捜入削除に関する押印を欠いている点以外に於ては判決書の記載要件を具備した判決書が前記第九回公判に於ける立合書記官大塚義信の作成に係る「右判決草稿は裁判をした中瀬古裁判官の自筆でありこれに基き判決書をタイプライターにより印刷したものであるが同裁判官死亡の為め署名押印することができない」と記載した書面を添附して編綴せられている右事実に徴すれば原審裁判官中瀬古信由は昭和三十年五月三十日の判決宣告期日には判決書の草稿によつて判決を宣告したが其の後係員をして該草稿に基きタイプライターを以て判決書を印刷させた処之が作成されないうちに死亡した為之に署名捺印することが出来なかつたものと認められるのである。

よつて叙上の如く一人の裁判官が判決書草稿に基いて判決を宣告した後判決書作成前に死亡した為判決書に署名捺印が出来なかつた場合に判決宣告し立会つた書記官が裁判官の自筆の草稿より印刷された判決書であることを認証し右印刷された判決書の内容が総て右草稿と同一である時は該判決書に裁判をした裁判官の署名捺印がなくとも判決書としての効力を有するかどうかに付考察してみると判決書は判決の内容を確認した文書であるが判決そのものではないし判決の宣告をするには判決主文を朗読し同時に理由の要旨を告げればよいのであつて其の際判決書の作成せられていることは望ましいことではあるが必しも判決書の作成せられていることを要するものではないから判決がその草稿に基いて宣告されても右判決を違法であると謂うことは出来ず判決そのものは有効に成立しているのであつて右判決に対しては原審検察官及被告人小林善一から夫々控訴したのであるから調書判決に関する刑事訴訟規則第二百十九条を適用することは出来ず裁判書は作成されねばならない。而して該裁判書の作成については刑事訴訟規則第五十三条乃至第五十五条に定められておるのであつて判決書の作成者は裁判をした裁判官であり判決書の作成は該裁判官の署名押印を以つて完成するのであるから判決書の作成に際り他人を機械的に使用し裁判官がその草稿を他人に交付して之を印刷させる行為は裁判官の作成行為を補助させるに過ぎないから斯る補助行為の介在によつて作成された判決書と雖裁判官が之に署名捺印したときは之を以て裁判官の作成した判決書と謂うに妨げないが若し右判決書に裁判をした裁判官の署名捺印を欠く時はその理由の如何を問わず裁判官の作成した判決書と謂うことは出来ない。従つて前記の如き裁判官自筆の判決書草稿があり之に基き印刷した判決書であることを書記官が認証したとしても該判決書を以て裁判官が作成した判決書と同一効力がある文書と謂うことは出来ない。されば原審には判決書を作成しなかつた訴訟手続上の法令違反がある。而して控訴審は第一審判決の当否を審判の対象とするものであるから完成された判決書により第一審判決の内容を調査検討しなければならないが判決書に裁判官の署名捺印を欠くときは控訴審としては原判決の内容を知ることが出来ず斯る訴訟手続上の法令違反は判決に影響を及ぼすものと解すべきであるから論旨は理由があり原判決は此の点に於て破棄を免れない。

仍て爾余の控訴趣意についての判断を省略し刑事訴訟法第三百九十七条第三百七十九条に則り原判決を破棄し同法第四百条本文に則り本件を原裁判所に差し戻すこととし主文の通り判決する。

(裁判長判事 影山正雄 判事 栗田源蔵 判事 石田恵一)

検察官平岡俊将の控訴趣意

原判決は訴訟手続に法令の違反があつて、その違反が判決に影響を及ぼすことが明らかである。即ち原審裁判所は被告人氏家徹男に対し、一、法定の除外事由がないのに、(1) 昭和二十八年八月中旬頃岐阜市玉宮町二丁目三番地奥本久子方において、フエニル、メチル、アミノプロパンの塩類を含有する二ccアンプル入覚せい剤注射液五百九十本を所持し、(2) 昭和二十九年三月十三日頃同市柳川町三番地新元允培方において石山明順こと伊明順より同原末覚せい剤五百瓦を代金四万円で買受けてこれを譲受け、(3) 同年五月十日頃同市幸の町一丁目九番地中島清一方において、同覚せい剤注射液約十立を製造し、(4) 同月十七日頃同市千手堂中町一丁目中川勇方において、同原末覚せい剤二百八十四瓦入を所持し、(5) 翌十八日頃同所において、同二ccアンプル入覚せい剤注射液十本を所持し、(6) 同年十二月二十六日同市杉山町十二番地森鍼三方において、同覚せい剤注射液二百五十ccを製造し、二、(1) 昭和二十九年十二月三十日頃岐阜市小柳町キヤバレーカサブランカにおいて、同所に居合せた市川好一が飲酒中の被告人の行動について、口出したのに憤慨し、同所にあつた刺身庖丁を以つて同人の手に切り付け、因て同人に対し全治迄約十日間を要する右第一乃至第五指切創等の傷害を加え、(2) 昭和三十年一月九日夜同市金宝町一丁目飲食店駒鳥において、朴、若森兼夫、小島正治等と飲酒遊興中、小川秀夫より些細なことで言いがかりをつけられたことに端を発し、右小川秀夫及び小川正義の兄弟を相手に喧嘩となるや、右朴渭祚、若森兼夫及び小島正治等と共謀の上同所にあつた酒壜、洋傘等で交々右秀夫及び正義両名の顔面、頭部等を殴打して暴行を加え、因て右正義に対し全治迄約一箇月を要する頭部挫創等の傷害をそれぞれ与え、(3) 更に同日頃に梅村守明、上杉正と共謀の上、同市若宮町五丁目渡辺病院附近路上において、前記小川秀夫の治療に附添えてきた内藤章に対し所携の棍棒及び手拳等で同人の右肩部等を殴打して暴行を加え、因て同人に対し全治迄約一週間を要する右肩部打棒傷等の傷害を与えたものである。との公訴事実通りに有罪を認定し、被告人を懲役二年六月及び罰金四万円に処する旨の判決言渡をしたのであるが、右判決の裁判書には刑事訴訟規則第五十五条の定める裁判をした裁判官の署名押印がされておらず、しかもその裁判をした裁判官は死亡して、永久に署名押印をすることが出来ないことが記録に徴して(記録一一六一丁以下)明らかであるから結局原判決は訴訟手続に法令の違反があつて、その違反が判決に影響を及ぼすことが明らかな場合に当ると思料するので、原判決破棄の上更に相当な御裁判相成度控訴申立に及んだ次第である。

弁護人江口三五の控訴趣意

第一訴訟手続違背

本件の判決書には、裁判官の署名押印がなされていない。言渡は判決書の草稿にもとづいてなされたと思われることはその草稿がキロクに編綴されているし、一般の実状からもうかがうことはできる。ところが、その草稿がタイプに打たれて、署名押印される迄の間に、当該裁判官が不幸にも急死されたためこのようなことになつてしまつたこのような場合、原判決が裁判官の署名押印なきの故に、訴訟手続に法令違背あり、判決に影響を及ぼすこと明らかなものとして破キを免れないことは、問題ないと思うが結局判決書が完成されなかつたものとして、原審に差し戻さるべきものと思う。

第二刑の量定不当

かりに御庁において破毀自判されるとしたならば、原審の刑は重きにすぎて不当であるから更に御減刑をねがう。而してそのご減刑を願う事情としては一、製造とはいつても、氏家がつくつた液と、道具をあづかつていた関係で、捨ててしまうのも勿体ないと上田という経けん者がいうので、つい、当時生活にこまつていたところからさそいこまれてアンプルにつめるのを手伝つたというのが実状である。以上のような事情だから、つくつたのも必しも多くはない。二、販売の方も、わづか売つたのみで、もうけも、三千円足らずにすぎない。三、覚せい剤についての前科は全然ない。四、現在は、もともと以前からやつている小鳥の仲買業をまぢめにやつている。五、家庭には、子供二人、(小学生)妻と四人暮しであるが、妻は生来の病弱で子供の世話だけでせい一ぱいであるので被告人がいなくなるとその日から生活が困窮状態に陥る。その他キロクにあらわれた諸般の情状をごしんしやくの上、更にご減刑を願う。

弁護人岡本治太郎の答弁書

一、検察官の裁判書に裁判官の署名押印がされておらず、結局原判決は訴訟手続に法令の違反があり、その違反が判決に影響を及ぼすことが明かであるとする主張は相当であると思料す。

二、尚、本判決の宣告は有効であつても、結局判決書が作成されなかつたこととなり、事実上及び法律上の判断を為し得ないわけであるから、原審に差し戻さるべきである。

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